宇奈月ブログ

人生の旅人

大阪天六ガス爆発ー私の備忘録(次回に続く)

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今のにぎやかな日本一の商店街

今年もやってきて歴史に埋もれ
過ぎ去ろうとしています。
その日の命日が。

日本一長い商店街で、北先の300m先の
天神橋六丁目駅
で起こった事故――

大阪天六ガス爆発事故――
忘れもしませんその日の事件を。
遡ると時は50年前―

1970年4月8日、水曜日の夕方は5時半ごろだった。
その日は、記憶が確かではないが、
手に持ったものが限られていたので

傘は持たなかったような記憶がある。
その意味からも朝から天気で
あったように記憶がある。

若いころは、あまり病気には縁がなく、
体に自信があった。しかしあの日は、

体の調子が悪く、休むつもりでいたが、
社長のたっての命があったので、

どうしても遅刻して出勤したことも
覚えている。

当時35歳の新社員が入社してきた。
文科系4年を卒業していて、

もう一度理工系大学に挑戦する
試験を受けて、見事合格したのです。

当然昼間働いての夜学
となるわけである。当然夜間であり、
仕事も大変な事でじょう。

今日はその新入生の
入学式があって私が
学校までエスコートする
役目があったのです。

そして事件に巻き込まれた。

大阪梅田から乗ったバスですが、
天六駅付近で人があふれて

入学式に遅れると運転手と
口喧嘩の様になり、強制的に降りた

1分程度のやり取りと天六駅の
裏口に回る時間、数分が2人の命を
授けてくれたと思っています。


谷町線は70年3月開幕
大阪万博前に東梅田―天王寺
間が開業し、事故当時は都島駅
までの延伸工事中だった。
土を掘り起こしてコンクリート
の覆工板で覆った地下空間で作業が
進められた。
事故原因となったガス管は土が
除かれ、むき出しのままで宙に
浮いていた。
大阪地裁は経年劣化や掘削と
埋め戻しの繰り返しから管の継ぎ目が
外れ、大量のガスが漏れたと指摘。
「何らかの着火源」が引火し、
爆発したとしている
ー出典:毎日新聞200318」‘


と言うように少しの無駄だと
思われる注意と危険な事故の
認識の密度や、技術に対する過信が
(絶対に間違いがない)
の考えることが、
事故に結びついています。
悲しい事ですね
79名の方が、私たち2人の
身代わりに亡くなったと、
この時期になるとふと思い出して
今でも冥福を祈ります。




ありがとうございました。


続。200413